翌朝目を覚ますといつもの見慣れた天井とは違う風景に戸惑った。
『あれ、ここは?』
『あっそうだ!ボク、キャンプに来てるんだった!』
眠い目を擦りながらテントのチャックを開けて、外に出るとちょうど朝日が昇りかけている所だった。
まだ少し薄暗く肌寒い空気の中、父さんと一緒に焚火にあたって体を温めた。
その焚火で母さんが焼いてくれた、ハムとチーズの入ったホットサンドは、昔家族で一度だけ行った事のあるレストランで食べたソレとは、比べ物にならない程おいしかった。
お腹もいっぱいになりくつろいでいると、朝日も完全に昇って、気温がぐんぐん上がって来た頃、
『おーい!』
と大声で叫びながら海水パンツに着替えたコージが走って来た。
『サザエ採りに行こうぜ!』
『うん!行こう行こう!』
残りの牛乳を一気に飲み干すと、ボクも急いで海水パンツに着替えた。
『じゃあ、行ってくるね!』
『海は急に深くなる所もあるから、気をつけるんだぞ!』
と注意してくれた父さんの声は、遊びに行く事に夢中になっていたボクの耳には届いていなかった。
昨日の岩場を越えて、もう少し先に行くと少し深くなっていそうな場所に着いた。
『昨日ここにたくさんサザエがいたんだぜ!』
と言うが早いか、コージは頭から海に飛び込んだ。
バシャーンッッ!!!
『プハーッッ!気持ちいいぞー!』
『よーし!ボクも!』
と勢いよく助走をつけて海に飛び込んだ。
バシャーンッッ!!!
『プハーッッ!気持ちいいねー!』
『よし、じゃあ俺がサザエ取ってくるからよく見ててよ!』
言うが早いかコージは大きく息を吸って、頭のてっぺんから海に向かって潜って行った。
時間にして一分程だったと思うが、ボクにとってはすごく長い時間に感じられた。
『ぷはーっっ!!』
勢いよく海面から顔を出したコージの手には、大きなサザエが1つしっかりと握られていた。
『この下にいっぱいあるぞ!ときどきアワビもあるから、もし運よく見つけたらこのナイフでさっと岩から剥ぎ取るといいよ!』
と言って腰に下げたナイフをボクに手渡してくれた。
『うん!じゃあボクも潜ってみるね!』
そう言いながらボクもコージのマネをして大きく息を吸い込んで止めた。
水面から見下ろした海の底がうっすらと見えそうな程、透き通ったキレイな海だった。
『えいっ!』
勢いよく潜った海の中はひんやりと心地よい冷たさで、水面から降り注ぐ陽の光で、まるで宝石の様にキラキラと輝いていて、その海の底には大きなサザエがいくつも転がっていた。
しばらくの間、海の景色を楽しんだ後にその中からひと際大きなサザエを一つ手に取ると水面めがけて一直線に泳いだ。
『ぷはーっっ!!』
勢いよく水面から顔を出したボクは心配そうな顔をしていたコージに向かって
『みてみてー!こんなに大きいのが採れたよ!』
と叫んだ。
『すげー!でかいのが採れたね!なかなか上がってこないからちょっと心配したよ。』
『ごめんごめん、あんまりにも海の中がキレイだったからついつい・・』
二人で笑いながら、その後もたくさん泳いだり、サザエを採ったりしてたっぷりと楽しんだ頃にコージがこう言った。
『じゃあ無事にサザエも採れた事だし、そろそろテントへ戻ろうか。』
『うん、そろそろ帰らなきゃいけない時間になるしね!』
そういって二人でテントの方へ向かって歩いて行くと、途中で突然コージが足を止めて振り向いた。
『そうだ、そういえばこれあげるよ!』
といって腰にさげていたナイフを外してボクに手渡した。
『え?これコージのでしょ?』
『いいんだ、まだ他にも持ってるしコレもう飽きちゃったからあげるよ!それに海に潜る時にはナイフがあれば色々便利だしね。』
と言いながらニコリと笑った。
丁寧に研がれた刃先や、使い込まれた木製の持ち手にコージと彫られていたそのナイフは、コージにとってとても大事な物であった事がわかる。
もう一度返そうとしたが、『いいよ、あげる!』と言いながら走って行ってしまった。
⇒別れの時